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40分間瞑想をしてみた話

ここ数日、少し疲れ気味で物事に集中して取り組めなかったり、「あー疲れた〜」という感覚が大きくなっている。

こういう時、私は瞑想を行うことにしている。瞑想というと、最近では日常的に取り入れている人も増えているかも知れない。今日は、瞑想に取り組む時間(どのくらいの長さの時間瞑想すればいいのか)について考えてみたい。

よく、マインドフルネスの本などには、初心者は5分くらいから始めて、だんだんと時間を伸ばしていきましょう、とか、15〜20分くらいが目安です、と書かれていることが多い。私が参加した事のある「マインドフルネス体験会」でも、15分の瞑想を2回ほど行うものだった。

「ただ座って呼吸に集中する」だけなのであるが、はっきり言って3分間やるだけでも結構大変である。ただ座って呼吸に集中することが、どんなに大変なことであるか、一度でも瞑想に取り組んだことがある人は分かるだろう。

「ただ座る」といってもある程度正しい姿勢が決まっているので、それを保つのがまず難しい。はじめのうちは背中を真っ直ぐに伸ばしていたのが、だんだんと背中が丸くなってくる。

そして、さらに難しいのが、「呼吸に集中する」ということ。自分にどんなに言い聞かせても、いつのまにか、「今日の夕飯のこと」とか「嫌な思い出」とか「ゴールデンウィーク10連休だって!何する何する?」といった感じで、呼吸だけに集中することが数秒しか続かない。

こんなことだから、「ただ座って呼吸に集中すること」を3分間も続けることができない。はっきり言って苦痛である。

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だから、瞑想なんてただ疲れるだけ、効果がない、自分には無理だ、と大きな声では言えないけれど、ひっそりと思っている人もいるかも知れない。私もかつてはその1人だった。

しかし、こういう時は思い切って「極端なこと」を試してみるのが良い。3分間やるだけでも大変な瞑想を「40分間」やってみることにしたのである。

 

40分間の中で、何度も悪くなる姿勢を正しく直し、呼吸以外のことに思考がさまよっていることに「気づいたら」そっとその思考を「手放し」て、呼吸へと集中力を戻す。

そんなことを何度も何度も繰り返しているうちに、姿勢はなんとなく「心地よい形」にぴったりとはまったような気がしてくるし、中指と親指をくっつけて足の上に置いている両手も、一番いい形でピッタリとそれが一番自然な形のような不思議な感覚になってくる。

思考は相変わらずあちこちに飛ぶものの、だんだんと呼吸に集中できる時間が長くなってきて、「あ、しばらく呼吸に専念できてたな」と逆に「気づく」ことが増えてくる。

そう、3分間とか15分間の瞑想では分からない感覚を40分間の瞑想では得ることができ、それを終えた後は、「楽しかったー」とか「なんか変な感覚に到達できたかも」とか、日常では味わえない感覚を味わうことができる。気分的にも「スッキリ」する。

 

瞑想というと、呼吸の数を数えたり、禅宗などでは難しい問いを出されてその答えを考えたり、真言宗では「阿字観」といって、サンスクリット語の「阿」の梵字を見つめる方法もあるが、私は、目をつむって呼吸にただ集中するのが一番いいように感じている。目をつむることで外界の情報を体が受け取ることを遮断できるし、何か問題を考えたり、数を数えたりするのは、なんだか少し「余計な」ことをしているように思われる。

瞑想は、何かの問題について考えたりして答えを出すために行うのではない。

私の考えでは、

瞑想は脳内の電気信号の交通整理である

と思っている。

実際に、瞑想を行うことで、脳内の活動部位や脳波、電気信号の流れが特殊な状態になることが脳科学的にも示されているという。

先程私が言ったような、体がピッタリと自然な形にはまった感覚を経験したり、ほんの短い間でも本当に呼吸だけに集中する感覚を得るためには、瞑想を40分間くらいやってみるのがおすすめである。

一度だけでもいい。40分間座る「苦しさ」とそれを乗り越えた後で得られる「スッキリ」した感覚をぜひ体験してみていただきたい。

ちなみに瞑想するときにおすすめのアプリが「禅Do」というもの。

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指定された時間が経過したら、「チーン」と鐘が鳴る、ただそれだけのものであるが、シンプルなので瞑想だけに集中することができる。

ぜひ、40分間瞑想、試してみていただきたい。